【映画感想】左様なら/欲しいのは答えじゃなくて

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放課後に飲んだソーダ水の色をした、シュワシュワした思い出が記憶の中で輝いている。静かな映像はそれに目をくれず、心の底に手を伸ばしてかき混ぜる。置き去りにした過去がゆっくりと浮かび上がる。

柔らかな風が吹く教室の窓際の席から、僕は隣の棟へと続く通路を歩いていく見知らぬ2つの背中を眺めていた。たぶん実習室に向かうのだろう。笑い合っているのか、肩が小刻みに揺れている。

名前を呼ばれたことに気づいて振り返ると数少ない友人のひとりが立っていて、最近買ったというお気に入りのCDを手で覆い、わざと見えるようにして隠している。ちょうど僕の周りだけ日差しが差し込んでいるせいか、友人の後ろに広がる教室は灰色で薄暗い。ありがとう、と言って借りたCDを受け取る。すでに何人もの手を渡り歩いてきたのか、ジャケットを覆うプラスチックケースの表面が傷だらけになっている。さり気なく、誰の気も引かないようにカバンの中にしまい込む。

退屈な毎日の中では、たとえ手のひらの上に乗るくらいの小さな異物でも刺激になりかねない。息を潜めるように過ごしていたあの日。それが本当の、僕の青春の姿だったのかもしれない。

なんだろう、この教室の中の空気、光の加減。愛おしいようで、指に棘が刺さりそうな手触り。主役が埋もれるほど生き生きとした同じクラスの生徒たちの中で、1人きりになった世界を受け入れて静かに生きる主人公の姿は力強くて凛々しくて。家と学校と通学路とライブハウスだけの狭い世界なのに、細長い花瓶みたいな不安定なバランスを必死で堪えながら、自分の中に芽生えた疑問への答えを探して旅をしているみたいだった。

青春時代を彩る映画を観ているとき、僕は心の中にある記憶の一部を重ねてしまう。いっつもキラキラした美しい(きっと脚色されたフィクションみたいな)部分をすくい上げて、満足して、それだけだった。でもこの作品は、ずっと忘れていた、いや忘れたかったのかもしれない思い出に触れてくる。学校に通っていた頃って数え切れないくらいいろんなことがあったはずなのに、上手に飲み込めなかったり感情だけが先走りして置き去りになっていた記憶の断片。身近な人の死さえも床に転がったままになっている。

でも今になってもう一度手にとってみれば理解できるものもある。理解できなくても受け入れられるものもある。なぜ、どうして。きっと答えが欲しかったんじゃない。左様ならば仕方がないと、受け入れるための理由を探して僕らは時を過ごしているんだ。

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