【F1 2019】第13戦ベルギーGP/それでもレースは続いてく

F1ベルギーGP
Photo by Pascal Richier on Unsplash

悲劇が起きた場所を、色とりどりのマシンが何度も何度も通り過ぎていった。始めは重い空気に飲まれるように、次第に思いを振り切るように。レースの残酷さと美しさが共存する不思議な光景に、僕は吸い込まれていった。

過去に一度だけ、僕のひとり暮らしの部屋に母が訪れたことがある。たまたま安いチケットが取れたらしく、宿のことなど考えもせずに、初めての飛行機に乗って僕が当時住んでいた横浜にやって来た。

都内や鎌倉などに足を運んだり、部屋でゴロゴロしながらたわいもない話をしたり、母と2人きりの3日間があっという間に過ぎていった。最終日はみなとみらいの観覧車に乗って、海沿いの道を散歩した後に羽田空港へと向かい、またねと手を降って僕らは別れた。横浜へと戻るリムジンバスから見た景色は、思い出と混ざり合ってとてもカラフルに見えた。

母は倒れたのは、その次の月だった。僕は再び羽田空港へ行き、母のいる故郷へと飛び、看取った。葬儀などが落ち着いて自宅への帰り道、空港から横浜に向かうリムジンバスから見た海沿いの景色は灰色で、ほんの少し前に見たカラフルな世界とは全く別だった。たった1つの命が欠けただけで世界は変わってしまうのだ。

何度も通った道に誰かの面影が重なるとき、記憶は複雑な感情を作り出す。同じに見えるのに全く別の世界にも見える。F2でのアクシデントの後、その悲劇が起こった場所を44周も走るF1ドライバーたちの目には、どのように映っていたのだろう。

ターン1のヘアピンでほぼ180度進路を変えると、目の前には高い壁のようにそびえ立つ急な上り坂が待ち構えている。勇敢なドライバーたちは速度を上げ、スパ・フランコルシャン・サーキットでも有名なオー・ルージュ、そしてラディオンと、左、右、左と続く緩い高速コーナーをクリアしながら一気に急勾配を駆け上がる。横Gだけでなく強い縦Gにも耐えなければならない難所のうえ、坂道で視界も悪くF2でもスピードは200kmを超える。もし目の前に動けなくなったマシンがコース外から流れてきたとしたら、なんて想像するとスロットルを緩める以外に助かる方法はない。つまり、レースを捨てるということだ。

レースが始まると、やはりいつもと違う空気が流れていた。スタート直後、最初のコーナーから普段なら起こりそうもないアクシデントが発生する。優勝候補のマックス・フェルスタッペンが接触してリタイアし、不吉な空気がサーキット全体を覆う。その重い雰囲気をポール・ポジションからスタートしたシャルル・ルクレールの快走が吹き払う。後続のドライバーたちも本能を呼び覚まし、シーズン屈指の高速サーキット上には次々とオーバーテイクショーが生み出される。

今シーズン2度も優勝のチャンスを逃しているルクレールに、終盤はルイス・ハミルトンが追いすがる。普段なら躊躇なく勝利を掴みにいくはずのハミルトンも、今回ばかりはいつもとは逆にルクレールのプレッシャーに押されているように見えた。

友のために。その想いが、ルクレールに初の勝利を支えていた。

前日の事故で友人を失ったルクレール。同じく彼と幼少期からライバルだったピエール・ガスリーやエステバン・おコン。レース中はルクレールを支える形になったセバスチャン・ベッテル、優勝まであと一歩まで迫ったハミルトン、もちろん他のドライバーたちも、命を懸けた戦いに身を投じている。明日は自分かもしれないという気持ちや仲間を失う辛さを受け止められず、戸惑った選手もいたと思う。

だからといって彼らは歩みを止めたりはしない。過去、未来、現在を通じて、永遠に世界一でありたいと本気で思っている人たちなのだから。誰よりも速く、誰よりも強く。その気持は多くの人達の心を揺り動かして前を向かせる原動力だ。

ファンにできることは応援し続けることと、毎回無事に戻ってきてと願うこと、そして、おかしいと思ったら声を上げることくらいだ。だから、できることで応えたいと思う。

どうかモータースポーツに挑戦する人たちの魂の炎が、消えてしまいませんように。

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