【F1 2019】第9戦オーストリアGP/聖魔大戦

F1カナダGP
Photo by Pascal Richier on Unsplash

モード11、ポジション5。

それは己の寿命を対価とし、この世の理を超えた伝説の力を得るという禁断の技。青く輝く大剣に秘められし力が13年の刻を超え、1人の勇者によって解き放たれる。

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ヒーローは遅れてやってくる

世界は、今まさに魔王の手によって滅びようとしていた。

深紅の鎧に包まれたその容貌は人間と何も変わらない。余裕のある表情には一片の憎悪も浮かんでおらず、整った顔立ちはからはあどけなさが感じられるほどだ。ここが戦場でなければ、ちょっと良い武具を与えられた青年将校としか思われなかったかもしれない。

だが戦えば嫌でもわかる圧倒的な強さ。背中から広がる黒い翼が巻き起こす乱気流によって誰1人近づくことすらできず、仮に至近距離まで到達したとしても、手にした漆黒の剣によって容易く命を奪われてしまう。切っ先がM、いやWの字に似たノコギリ状の刀身を持つその剣自体が、今こそ勝利を手に入れようとする意志を持つかのように乱舞して敵を切り刻む。一度その光景を目にしただけで意志の弱い者は戦意を失ってしまうほどだ。

万を超えた兵数も今では半数も残っていなかった。兵力では決して劣っていなかったが、あまりにも強すぎる魔王の存在が兵士たちの心を粉々に砕いてしまった。なにしろ人類が誇る屈強な戦士たちが束になって挑んでも全く歯が立たないなかったのだ。最強の弓兵の1人、バルテリ・ボッタスの放った渾身の一矢は魔王に傷一つ付けられず、最速の戦士ルイス・ハミルトンでさえも、かつての魔王位第一位セバスチャン・ベッテルの足を止めるのが精一杯だった。それを知って希望を失った兵士の心は悪魔たちによって次々と刈り取られていった。魔王1人の力に加え、後ろに控える丸眼鏡の上級悪魔も厄介だった。戦況を静かに見つめながら、愚かにも戦いに挑もうとする人間どもを殲滅せんとありとあらゆる策略を巡らせている。

自由自在に空を舞い、圧倒的な攻撃力で敵を蹂躙する魔王の姿は美しくすらあった。やがて抵抗する気力を失った人間たちが攻撃の手を止めると、追撃を配下の者たちにまかせ、魔王は世界を滅ぼす魔法「メイデン・ウィン」の呪文詠唱に入った。

ある者は地面に倒れたまま、またある者は立ち上がれず膝をついたまま、世界の終わりを止められなかった絶望と、これから訪れようとする恐怖に怯えるしかなかった。

そのとき、1人の青年が現れた。艶の無い深い紺色の鎧を身に纏い、青く巨大な大剣を右手一本で軽々と持ち上げ刀身を肩の上に預けている。兜には彼の軍のトレードマークである大きな2本の角が天に向かって伸びている。彼が通ってきた道には、累々と魔者たちの無残な姿が横たわっていた。

「待たせたな、魔王シャルル・ルクレール!」

最悪の蹴り出し

時間は、少し前に遡る。

最終決戦を控え、魔王の城に近い丘陵地帯には多くの兵士が集まっていた。魔境となった領地を突破し、敵陣内に築いた拠点に顔を揃えたのは、最後に到着したウィリアム卿の部隊を含め全部で10の軍。それぞれを2名の武将が率いて攻略に当たることになった。兵は皆疲れているように見えるが戦意は高い。先の戦いでこの世を去った、英雄ニキ・ラウダへの思いもあった。彼の母国だったこの地をなんとしても奪還し、ラウダに捧げたいという強い気持ちを誰もが胸に秘めていた。

各軍の戦略や出撃隊列についての協議も2日間かけて済ませ、後はいよいよ突撃の合図を待つだけだった。2列縦隊となる長い陣形の先頭に、あの青年の姿があった。彼の名はマックス・フェルスタッペン。ヨス・フェルスタッペンを父に持つ勇者の直系である。魔王とは8年ほど前にも対決したが、後一歩及ばずに敗れている。魔王は彼にとどめを刺さず、城の上から投げ落とした。かろうじて一命を取り留めた彼の心は、その日から雪辱に燃えていた。

「シグナル・ブラックアウト!」

レコノサンスラップ(事前偵察)、そしてフォーメーションラップ(部隊配置行動)が完了し全軍が配置に付くと、伝統の合図が周囲に響き渡り各隊が一斉に動き出した。重い甲冑を鳴らしながら各々の武器を抱えて全速力で走り出す中で、フェルスタッペンはあろうことか足を滑らせ後続の兵たちの群れの中に沈んでいった。

「グフッ、グエェッ」

地面に顔を埋め、背中におびただしい数の足跡を付けられながらフェルスタッペンは屈辱の時間を耐え抜いた。中には必要以上に力を込めて踏みつけていった兵士もいた。

「だ、大丈夫?」

大群が通り過ぎ、ようやく身を起こすと後ろから声が聞こえた。振り返ると僚友のピエール・ガスリーが彼を心配そうに見下ろしていた。

フェルスタッペンは恥ずかしさの余り何も言い返せず、目も合わせずに最前線に向かって走り出した。その後ろをガスリーは少し間隔を開けて遠慮がちに追いかけていった。

紅の戦慄

「またお前か、フェルスタッペン!」

久しく耳にすることのなかった自分の名前を聞いた魔王ルクレールは詠唱を中断して振り向くと、音もなく地上に舞い降りた。決戦の地に似合わない緑の広がる牧歌的な風景の中で、凶暴な眼光を放つ2人の視線がぶつかりあう。ルクレールは彼のことを良く覚えていた。数年前に剣を交えた戦士の1人。良い余興になったので、褒美として止めは刺さずに城から投げ捨てた。やはり生きていたか。自然に口角が上がった。

「貴様の野望、今度こそ打ち砕いてやる!」

フェルスタッペンがおもむろに大剣を構え、相手の返答などお構いなしに切り込む。

「お前に構っている暇はないのだ!」

ルクレールは避けようともせずにその斬撃を受け止め、両者が睨み合う形になった。そして一合、また一合と力のぶつかり合いが始まった。剣技だけなら互角、いやフェルスタッペンの方が僅かに上回っているように見えた。ルクレールは防戦に切り替え、動きを冷静に観察していた。

「以前よりも腕を上げたようだな。しかし、人間ごときが私に勝つことはできぬ!」

剣の技だけでは為す術もない距離までルクレールは一息に舞い上がった。空を覆う黒い翼が激しく羽ばたき、突風が吹き荒れると同時に周囲の空気が真空の刃となって次々とフェルスタッペンに襲いかかった。フェルスタッペンからの攻撃は届かない以上、一方的に攻められるだけになった。

フェルスタッペンは大地を踏みしめて暴風に耐えながら、風の中を自在に走る見えない刃を必死で回避し続けた。ルクレールが緩慢に右腕を上げて一気に振り下ろすと新たな疾風が駆け抜け、その風圧で地面から引き剥がされたボッタスがフェルスタッペン目掛けて一直線に飛んで来た。身体を捻って左右からの真空波を避け、ボッタスの頭部を踏みつけて跳躍する。一瞬の罪悪感。その心の隙を見逃さずに魔剣の一撃が頭上から降ってくる。

蒼の覚醒

ギーン!と悲鳴にも似た高い音が響き渡り、僅かに遅れて2人を震源地とした強い衝撃が周囲に走った。真上からの攻撃をかろうじて防いだフェルスタッペンは大地に片膝をつき、更に押し込んでくるルクレールの攻撃を必死で押し返そうとしていた。しかし不思議なことに全身に力が入らない。ルクレールの魔剣には相手の魔力を奪う力があると察知したが今の体勢では退くこともできない。このままではすぐに押し潰されてしまうだろう。

「「「フェイル3!」」」

そのとき背後で複数の詠唱が重なり、光のバリアがフェルスタッペンの身体を包み込んだ。トヨハル・タナベが率いる支援部隊が魔法の障壁を作って魔力の吸収を阻害した。ギリギリのところで力を取り戻したフェルスタッペンは魔剣を押し返し、距離を取ることに成功した。

危ないところだった。フェルスタッペンはそう思った。だが彼らがこんな前線まで出てくるのは非常に危険だった。下がれ!と叫んだときにはすでに息を潜めていた魔族たちが支援部隊に襲いかかっていた。味方の後方支援に特化した部隊は戦闘能力は皆無に等しく、仲間たちが次々に散っていった。その中でタナベは微動だにせず何かを伝えようとこちらを見ていた。目が合った瞬間、言葉ではなく魂が通じ合った。あの力を使えということか。彼は頷いた。その目は勝利を確信していた。もうためらいはなかった。勝ってみんなを救う。フェルスタッペンは聖なる力を解き放った。

「モード11、ポジション5!」

その瞬間、握りしめていた大剣が強い光を放ち、ヴオォォォン、と野太い咆哮を上げた。

柄の上部に飾り付けられていた6本の円筒が激しく伸縮を開始する。その内部では持ち主の生命力を高圧縮、燃焼させ、魔王を倒すために必要となる膨大なエネルギーを生成する。副作用として生じる膨大な排気が更に燃焼を加速させ爆発的な力に変える。伝説の武器職人ソーイチロー・ホンダの魂が込められた刀身が彼の故郷を象徴すると言われる美しい青色に輝き出し「Powered By Honda」という古代文字が浮かび上がる。

強烈な排気熱がフェルスタッペンの姿を陽炎のように揺らしていた。剣を握る手から伝わる焼けるような熱さに耐えながらも、フェルスタッペンは全身のレスポンスの良さを心地よく感じていた。身体が軽い。よく見ると背中には大きな翼が授けられていた。引き換えに心臓にヤスリをかけられているようなザラついた感覚があった。このままでは命を全部持っていかれそうだ。

フェルスタッペンの翼が羽ばたき、空へと駆け上がる。仕組みはわからないのに二足歩行と同じくらい自由に動きをコントロールできた。魔王と同じ高度に合わせると、再び視線が絡み合った。

左右に、前後に、そして上下へと3次元の空間戦闘が始まった。フェルスタッペンはすぐに気流の使い方が戦いの鍵になると理解した。高速移動ではショルダーアーマーの隙間に空気を流し、急停止ではその隙間を閉じて抵抗を増やせば制動距離が短くなった。それに相手を風よけとして利用して動けば空気の抵抗が少なくなり、その分速度も上がるのだ。逆にルクレールの軌道から外れると途端に空気が壁のように重くなる。感覚を研ぎ澄まし、戦いながら1秒ごとに戦闘スタイルを学習していった。急減速から方向転換し、一気に加速。相手の背後を取って追い抜きざまに切り込む。何度も、何度も命を懸けたやり取りが続いていくうちに、フェルスタッペンは戦いの中で不思議な高揚感を感じていた。純粋な勝負、お互いに高め合う剣技。本当にコイツは倒すべき悪なのだろうか、と考えてはいけないはずの思考が頭の片隅をよぎった。

余計な考えを振り払うように思い切り高く飛び上がり、急降下の威力を乗せて上から剣を叩きつける。ルクレールは避けずに受け止めた。地上スレスレまで押し込んで、今度は低空での攻撃の応酬が始まった。

フェルスタッペンは自分の動きに違和感を感じた。動きがブレる。飛翔が安定しない。ルクレールがニヤリと笑みをこぼした。地上付近では気流が地面にぶつかり乱れやすいことを知っていて、敢えて誘い込んだのだ。羽の先が丘の斜面に触れてバランスを崩したところに、狙いすましたルクレールの連撃が襲いかかった。

そのとき盾の勇者の末裔、朱と白の鎧を纏うキミ・ライコネンが魔王の前に立ちふさがり、攻撃を平然とした表情のまま次々と受け流した。アントニオ・ジョヴィナッツィも長い髪をなびかせながら激しい攻撃を受け止めては弾き返す。橙の若武者ランド・ノリスが意外性のある槍の一撃で戦場をザワつかせる。すぐ後方には彼の戦友カルロス・サインツJr.が虎視眈々と隙を狙っている(余談だが彼の父もかつての勇者の1人で、果敢な戦いぶりから闘牛士と呼ばれていた)。

周囲でも各軍の反撃が始まっていた。残存兵を集めた一点突破攻撃によって魔王の軍に乱れが起きていた。フェルスタッペンの同郷の戦士たちの姿も目立っていた。はて、こんなにいただろうか?とフェルスタッペン自身が首をかしげる程に大量のオレンジ色の鎧に身を包んだ配下達が、歓声を上げ、上半身裸になり、無駄に狼煙を上げながら魔王直轄の軍すら勢いだけで押しまくっている。あれが敵だったらと思うと恐ろしい。

だがこれで悲壮感が漂っていたはずの味方の軍は立て直し、流れが追い風に傾いた。

劣勢を知り退こうとしたルクレール目掛けて銀色の弓が空から降り注いだ。ベッテルを追い払ったハミルトンと、気力を取り戻したボッタスによる合体技で魔王の動きを牽制したのだ。

そしてガスリーが背後から切り込む。あっさりと攻撃はかわされたが、バランスを崩したガスリーはフェルスタッペンとルクレールの間に割り込む形になり、一瞬の死角を作り出すこととなった。

今だ。フェルスタッペンはその死角の中で一気に距離を詰め、力任せに大剣を振りかぶってガスリーごと薙ぎ払う。ガスリーはその大剣が描く軌跡を読み切り、ギリギリのところでかわした。どんなときも彼の邪魔をしないと信じているからこそ可能なコンビネーションだった。この連携攻撃を予想していなかったルクレールはとっさに翼で自らの身体を覆い防御の体勢に入るが、わずかに遅れた。

剣に強い抵抗を感じながら、止めること無く力を込めて一気に切り裂く。はっきりとした手応えを感じた。

魔王の最期

重い一撃に吹き飛ばされたルクレールが高地の斜面に激突し、凄まじい衝撃で舞った砂埃が一面を覆った。

勇者たちは一箇所に固まり、身構えたまま反撃に備えて様子を伺っていた。この視界の悪さではうかつに近づくことはできなかった。大きなダメージを与えたとはいえ仕留めてはいない。次はどんな攻撃を仕掛けてくるか誰も読めなかったのだ。

徐々にうっすらとルクレールの影が見えてきた。すでに立ち上がっている。左の翼は半分ほどに切り飛ばされ、傷口からは血液がドロドロと流れ落ちている。手にした剣先を真っ直ぐ前に突き出していた。何をする気だ。フェルスタッペンは腕に鳥肌が立つのを感じた。

突如ルクレールの魔剣が上下に割れ、牙を持つ黒い獣の姿となって空間を切り裂きながら迫ってきた。速い。このままでは勇者全員が飲み込まれてしまう。フェルスタッペンがそう思うと同時にライコネンとジョビナッツィが前に立ち、2枚重ねの盾で防御体勢に入った。アルファロメオ家最強の連携防御技はかろうじて攻撃の向きを捻じ曲げ直撃を免れたが、激しい衝撃で盾はひしゃげ、勇者たちは弾き飛ばされた。フェルスタッペンだけは大地に剣を突き立て、かろうじて踏みとどまっていた。背後には食いちぎられた次元の裂け目が開き、深い闇が覗いていた。

1人だけになったフェルスタッペンを見て丸眼鏡の悪魔が何かを言いかけたが、ルクレールが手で制した。

「リーブ・ミー・アローン!」

その詠唱だけで悪魔が丸眼鏡だけを残して爆散した。己の手で決着を付けようとルクレールがフェルスタッペンに歩み寄る。フェルスタッペンとしても仲間が戦える状態に無い以上、自分自身の力を信じることしかできなかった。これで勝負を決める。柄を握り強い意志を大剣に込めると、再び生き物のように咆哮を上げフェルスタッペンの思いに応えた。

2人がお互いに全力をぶつけ合う。響き渡るのはもはや剣が交わる音ではなく、鉄の壁を鉄のハンマーで叩いている音に似た重く鈍い悲鳴だった。やはり力は互角。だがフェルスタッペンは気づいていた。ルクレールは地上戦でここまで追い詰められることを予想していなかったのだろう。ブーツの底が摩耗し、斬撃を受ける度に足元が滑り始めていた。

グリップの優位性を活かして更に攻撃を加速させる。フェルスタッペンの攻撃のスピードがルクレールの防御速度を超越する。突き入れる剣先がルクレールの肩先を掠め、その勢いで背後を取った。そのまま振り向きざまに切り払う。しかしこの動きは読まれ、逆に一撃を返される。脇腹に熱い痛みを感じた。それでも手を止めず押しまくる。攻撃の速度が人間の視覚では追いつけないレベルに達し、ついには1分間に1万5千回を超える凄まじい猛攻がルクレールを窮地に追い込んでいく。

上空に逃げようとルクレールは片翼を使って大きく跳躍する。離されまいとフェルスタッペンが追随し、一気に加速して差を詰める。左からの攻撃と見せかけて右へ。フェイントにつられ一瞬動きが遅れたルクレールの魔剣が空高く跳ね跳ばされる。そしてついに青き大剣がルクレールを捉え、深々と胸元に吸い込まれていった。

友よ、またいつか

「なんだ…と…」

ルクレールの表情にはもはや驚きしかなかった。身体は抵抗する力を失い重力に身を任せ落下していく。その先には、先程生じた次元の裂け目が口を開けて待ち構えていた。フェルスタッペンはルクレールから離れようとしたが刺さったままの剣が抜けなかった。このままでは道連れとなって暗闇に飲み込まれてしまう。もはや一刻の猶予もなかった。

「フェルスタッペン・パーーーーーンチ!」

それはパンチと言うには余りにも不完全な、見た目的には青年が若気の至りで相手の胸元を小突いただけにしか見えない攻撃だった。それでもルクレールの身体を押し出すには十分で、剣を引き抜くと後方へと飛び去り距離を取った。剣士として武器以外で相手を攻撃することは厳しく禁じられているため後ほど賢者たちによる審議対象になるかもしれないが今はそれどころではなかった。

「もう…一度、世界をやり直して…、一緒に…」

「ごめんよ、ビアン…、兄さ…」

魔王ルクレールの姿が闇の中に消えると、空間に生じた亀裂も元に戻った。フェルスタッペンの脳裏には、ルクレールが最後に残した言葉がいつまでも繰り返し響いていた。

夕日が沈む前に勝敗は決した。魔王を失った手下たちは一目散に逃げていき、戦いを生き抜いた兵士たちによる掃討作戦は大きな損害を出すこともなく完了した。統制が取れない魔物はもはや脅威ではなかった。しばらくは森の奥で大人しくしていることだろう。

昼間の争いが嘘のように、静かな夜になった。

聞くところによると、魔王ルクレールもかつては人間だったという。彼がなぜ人として生きることを捨て魔王になったのか。その真相は数々の伝説の中に埋もれ、今を生きる者たちは知らない。一説ではある出来事によって友を失い、彼を生き返らせようと魔の力を手に入れたとある。ルクレールが最後に残した言葉に謎を解く鍵があるのかもしれないがフェルスタッペンは誰にも口にしなかった。

何度も剣を交えているうち、ルクレールに不思議な親近感を感じていた。まるで少年の頃から彼を知っており、好敵手として戦った友であったかのような、あり得るはずのない記憶が浮かんでは消えていった。

ルクレールよ、もう一度人間として生まれ変わって来い。そして共に最強の剣士を目指して切磋琢磨しようではないか。今度は良き友として、良きライバルとして。

濃紺の闇を照らすオレンジ色の篝火に向かいフェルスタッペンは1人囁いた。その声は立ち上る煙と共に星空へと還っていった。霞む空の向こうに、赤い星が見えた気がした。

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