【F1 2019】第3戦中国GP/ベスト・オブ・ザ・レストからの卒業試験

Photo by Pascal Richier on Unsplash

記念すべきF1の1,000戦目(正確に数えると違うなど諸説あるらしい)という大きな節目に当たる2019年シーズンの第3戦中国GP。当たり前のように誰が1,000回目の勝利者として歴史に名を刻むのかが話題になり、有力候補として挙げられる5人の名前が飛び交う。

その中の1人、マックス・フェルスタッペンの隣に佇む同じチームウェアの男に対して、スポットライトを当てる者は誰もいなかった。

これでシーズン3戦目のフリープラクティス。なのに、未だ思うままにマシンを操れずにいるピエール・ガスリーの姿がコース上にあった。

カメラに映る機会も少なくなってしまったカーナンバー10、濃紺のマシンがホームストレートを駆け抜けていく。ストレートスピードだけで他を圧倒するほどの強さはまだない。かといってコーナリングで攻めようにも、マシンを信頼しきれない分クリッピングポイントから遠ざかり外へ外へと流される。コースレイアウト後半になって訪れる全開区間も、少しでも強引にスロットルを踏み込めば立ち上がりで一気にリアが暴れだす。

だけど今までの雰囲気とは違って落ち着いて見えた。繰り返す周回の中に明確な目的を見出しているようだった。理想のラインから外れれば次は違うアプローチで修正を試み、うまくいったなら他のセクターと繋いでいく。そうやって時間をかけて練り上げたラップタイムをフェルスタッペンが軽々と飛び越えていったとしても、気にせずに自分の仕事に集中している。もう才能だけを頼りに走る若者には見えなかった。天才を超える唯一の方法が努力であると知った男の姿だった。彼の瞳から迷いの色は消えていた。

予選が終わってみれば結果は1分32秒930の6番手。5番手のフェルスタッペンからは大きく離され0.841秒差、7番手のダニエル・リカルドからは僅か0.028秒差。タイムを見ればまだまだベスト・オブ・ザ・レストの領域。それでも許されうるギリギリのポジションに留まれたのは、1,000分の1秒単位で詰めていった努力が生んだ結果だったのだろう。

そして決勝。隣に並ぶフェルスタッペンに対して必要以上に気を使いながらオープニングラップを過ぎると、やはりメルセデスやフェラーリには全く届かない。チームメイトのフェルスタッペンは既に彼らと同じ世界にいるというのに。その中に入るためには、まずやらなければならないことがある。

ベスト・オブ・ザ・レストからの卒業。

容易い相手と見たのかスタート直後から仕掛けてきたリカルドを遠ざけ、レースが落ち着いて来た頃のラップタイムはかろうじてフェルスタッペンと同じ1分39秒台。ジリジリと前から離されながらも、後続のルノー、レーシングポイント勢とは明らかに異なる速さで周回を重ねていく。もう二度と戻らないであろう場所がゆっくりと遠ざかっていく。これで求めるものはもう前にしかなくなった。

ソフトタイヤでのスタートから1回目のピットインまでのタイミングをギリギリまで引っ張り、ここからミディアム、ハードへと繋ぐ作戦は上位5台と同じ戦略。同条件で前を行くマシンとの差が広がる一方で、タイヤのコンディションには余裕を感じる(そう思えるだけで実は厳しいのかも)。これからはタイヤを長く保たせるよりも、グリップを使い切ってでも速く走る技術が必要になるのかもしれない。

トップグループからは引き離され、中団グループと大きなギャップが生まれ、駆け引きの生まれない孤独なレースは続いていく。最低限の仕事は6位のポジションを守ること。今は仕方がないことだと見守っていたら、チームはもっと上を見ていた。

レースは最終盤、残り3周。ここでガスリーが3度目のピットイン。慌てて後続との差を確認すると、十分な余裕があり順位変動は起こらない。取り替えたタイヤの側面には赤のライン、ソフトタイヤ。その意図に気付いて肌が粟立つ。ファステストラップを狙った一発勝負。レッドブルに存在することの証明を自ら証明する機会でもあった。

「Fastest lap is 34.8」

チームからの無線が目標タイムの1分34秒8を告げ、タイムアタックが始まる。モニターはファイナルラップに入ったルイス・ハミルトンを追い続ける。多くの人がハミルトンを見守る中で、ガスリーは一瞬だけの一人舞台に挑んでいく。DAZNの画面に表示されたコース上のマーキングと、たった3箇所だけのセクタータイムだけが彼の魂を映し出す。

ホームストレートエンドからのターン1、ターン2は渦の中心に向かって右へ右へ、徐々に半径を狭める曲線を下っていく。降りきった先で急反転し、今度は左のターン3へ。切り返しでマシンのブレを必死に抑え込むガスリーの姿が浮かぶ。こんな場所に留まっている暇などないとばかりに渦の流れに逆らいターン4に向け加速すると、ようやく直線が見えてくる。角度の浅い右コーナーのターン5を全開で駆け抜けると、セクタータイムが緑に光る。第1区間は自己ベストの25秒0。

すぐに待ち受けているのはヘアピンコーナーのターン6。フルブレーキングからの小回りなコーナリングでクリアすると、次は低中速コーナーが連続するテクニカルなレイアウトへ。ターン7、ターン8は左から右へと続くS字の高速コーナー。減速してその先にあるターン9とターン10、左の2連続コーナーを抜けると短い直線にたどり着く。第2区間も自己ベスト、27秒9が緑色に光る。ナーバスな挙動のRB15にとって厳しい区間を可能な限りまとめて後半に全てを懸ける。

ラストの第3区間はターン11の鋭角な左コーナーから始まる。右へと切り返してターン12を超え、コース最長のストレートへと繋がるターン13をステアリングを右へ傾けながら加速していく。ソフトタイヤのグリップを限界まで酷使して全長1.2kmのストレートに飛び込む。コース前方はクリア、妨げるマシンは存在しない。1つ前の順位を走るシャルル・ルクレールとのギャップが驚くほどの勢いで削られていく。もちろん今は届かない。だけどいつか、この速度で駆け抜けることができたなら。

一気に急減速、ストレートエンドに待ち構えるヘアピンのターン14。右へのコーナリングで膨らむと次のターン15で苦しくなる。そして最終コーナーのターン16、絶妙に危険な角度を左に超えて最終ストレートへ。ここも外に膨らめばアレクサンダー・アルボンの二の舞になってしまう。慎重に攻めるガスリーの姿が目に浮かぶ。届くだろうか、ファステストラップに。それは彼の未来でもある。

モニターに紫色の数字が浮かび上がる。セクター3は全体ベストの41秒7。ラップタイムは1分34秒742でベッテルのそれを上回り、ピエール・ガスリーの名と共に紫色の光を放っていた。直後にハミルトンがチェッカーフラッグを受けて優勝が決まった。だけどその歓声はもう耳には入ってこなかった。

リザルトだけを見れば、1回分のタイヤ交換を考慮しても上位5台からは大きく離された6位入賞。もしガスリーじゃなくアルボンがステアリングを握っていれば、という推測を否定できるほどの結果には至らなかった。ファステストラップも見方を変えれば順位争いに加われなかったからこそ得られた機会だったと言えなくもない。

これからも厳しい戦いは続くだろうし、レッドブルは次々と試練を与えてくると思う。でもガスリーはそれらを乗り越えて行ける可能性を示してくれた。ある瞬間において世界一速く走れるマシンとタイヤを与えられ、世界一速く走って来いと命じられ、その通りに世界一速く走れたドライバーが、並の人間であるはずはないのだから。

スポンサーリンク