
WRC(世界ラリー選手権)第4戦ツール・ド・コルスが、3月28日からフランス領コルシカ島で開催されました。今回印象に残ったのはやっぱり最終ステージで起こった驚きのアクシデント。
それを見ていて感じたのは、どうしてラリーが好きなんだろう、どうしてモータースポーツが好きなんだろうっていう問いかけへの答えでした。
エバンスと石橋とヌービルと
つい1週間ほど前には雪が振ったとは思えないような晴れ渡った青い空と地中海の青い海。山肌を縫うように作られた狭くて頼りないアスファルトの路面は荒れ放題だし、分厚いコンクリートで作られたガードレールは触れただけで致命的なダメージを想像できて、本来なら優雅なはずの景色なのに悪意しか感じられない。
エルフィン・エバンスの走りからは、ファーストステージを飛び出した時点で手応えを感じていた。2017年、DMACKタイヤがコースにガッチリとハマり、それまで勝てなかったのが嘘みたいだったラリーGBの余裕のある強さに良く似ていた。運も味方につけてライバルたちみたいにパンクすることもなく最終日。最後のステージを前にヌービルとの差は11.5秒。よほどのことが起きない限り、2勝目は彼の手に入ることになる。
「シックスティ、オープンスリーレフトロング、ドント、セブンティ、クレスト、ナローファイブレフトシャープ」
スタートが切られ、早速目の前に現れるコーナー、コーナー、またコーナー。延々と途切れることなく流れてくるコ・ドライバーのスコット・マーティンの声が、目の前にある景色の向こう側にまだ見えないルートを描き出す。説明がないと大半が意味不明なペースノートは情報量も多すぎて常人には理解できないけれど、内容の正確さと聞き取りやすい英語の発音で何となくは伝わってくる。間もなくしてこの先ブリッジというコールが入り、コースの先には石造りの細い橋が現れる。
僕はそこで2017年の記憶を思い出す。ラリー・アルゼンチン、ファイナルステージ。ヌービルに0.6秒差の首位。エバンスの初優勝がかかった一戦だった。
その日の最終走者だったエバンスは、前走で最速タイムを叩き出したヌービルのペースすら上回る速さで序盤を圧倒。しかし石橋を渡るときにリアが軽く欄干に接触して僅かにタイムを失った。他にミスもなくフィニッシュラインを通過したとき、ヌービルとのタイム差は1.6秒だった。たった一瞬のミスが原因となり、総合タイムで0.7秒の逆転を許し2位に終わった。
そして今、目の前には石橋、すぐ後ろの順位にいるのはヌービル。あの悪夢が蘇る。
エバンスはスピードを落として左折、マシンがコースと平行になってから丁寧にスロットルを開け一気に橋を駆け抜けると、左手から真っ青な海が視界に飛び込んでくる海沿いのルートへとマシンを導いていく。僕は胸をなでおろしして地中海の海には目もくれずコースの先に視線を向ける。
小さな岩が路面に転がる荒れたコースを、ペースノートに忠実にマシンをコントロールしてクリアしていく。岩の情報まで記録されている。あぁ、これなら大丈夫かも、と。
ミスの無い走行でステージも3分の1を終えた頃、突然ガリッという嫌な音が車内に響く。直後の小さなコーナーを過ぎて直線区間に入ると挙動が完全におかしくなり、エバンスが思わず声を上げる。ブレーキングを開始して左に向きを変えようが、マシンがステアリングの角度に抵抗して曲がらない。右フロントタイヤのパンクだ。ステージ開始前のヌービルとの差は11.5秒。まだ走行距離は半分以上を残している。首位を守り切れるだろうか。フラストレーションに耐えながらドライブを続けるエバンスを、僕はオンボードカメラ越しに見守ることしかできない。
ボロボロになったラバーはあっという間に剥がれ落ち、右フロントはすでにホイールだけになっている。速度を上げることもできず、止まることさえ危険な状態でフィニッシュラインまでたどり着かなくてはならない。エバンスはふらつくステアリングを握りしめながら、ときには150kmを超えるスピードまで目一杯上げていく。もう左にはまともに曲がることもできない。もう優勝どころか完走も怪しくなってきている。
「フォーライトプラス、キープイン、ドント、フォーレフトシャープ、メイビードント」
それでもマーティンの声だけは何も変わらず、次から次へと目の前に現れるコーナーに合わせて絶えず状況を読み上げる。エバンスが愚痴をこぼしても取り合わずに受け流す。前だけ見ろということだ。エバンスもそれに従う。満足に走れないもどかしさと、いつ壊れるかもしれない不安を抱えながらも、痛々しく走り続けるフォード・フィエスタRS WRCを2人のドライバーが懸命にゴールへと運ぶ。
「なんでパンクしたのかわかんねーよ」
フィニッシュラインを超えた途端にマーティンが本音を漏らす。さっきまでのサイボーグみたいな彼はもういない。本当はずっと言いたかったんだろう。悔しい終わり方になってしまったけれど、結局は総合3位、2戦連続の表彰台。結果も付いて来た。
いつだって華々しい勝者や悲劇の主人公に注目が集まってしまうけれど、きっと感動を生み出すのは結果じゃなくて過程なのだと思う。たとえ目立たない成績で終わったとしても、ゴールを目指すために関わった全ての人がヒーローで、それぞれの物語が愛おしく、美しく見える。そしてその頑張りを知ってるからこそ、次は結果にもつながりますようにって応援したくなる。
だからラリーが、モータースポーツが好きなのかもしれない。
おわりに
オジエ選手の移籍で注目が薄れてしまったMスポーツで、ハマれば速い、からいつでも速いドライバーへと変身中のエバンス選手。今季はもしかするとトップ3に加えて第4のマシンが優勝争いに加わってくるかもしれませんね。もしかしたらミークさんかもしれませんが。
第5戦ラリー・アルゼンティーナは4月25日開催です。お楽しみに!
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