【映画感想】キャプテン・マーベル/「女だから」はもういらない

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2018年の年末から急に思い立ってMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)を1作目の『アイアンマン』から順番に観始めて『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー 』までたどり着いたのが3月の初め。そしてピッタリのタイミングで公開されたのが『キャプテン・マーベル』でした。

なんだろう、この強さ。キャプテン・アメリカがただのアメリカさんになってしまうね。

主人公のヴァース(ブリー・ラーソン)が宿敵との戦いの最中に地球に降り立ち、失っていた過去の記憶を取り戻す過程で、その記憶の中に隠されていた真実が彼女を変えていく。

マーベル初の女性単独ヒーロー。でも主人公を演じるブリー・ラーソンは終始クールで(ときおり見せる笑顔がとびきりキュートだけど)性別を意識する部分はあまり多くなかった。むしろそんなこと気にせずに1人の人間が逆境を乗り越えて活躍するストーリーとして受け止めてあげらば、男性であっても感情移入して応援できる。

男性が、女性がって言ってるのは地球人だけで、ヴァースがもともと住んでいた星では全く男女差別を受けてないみたいだった。その割に宇宙人同士の格差が地獄みたいになってるけど、とりあえず「女性だからできない」とか「女性だからこうするべきだ」みたいな考えはもう宇宙の彼方に捨ててしまおう。

そんなことを考えながら鑑賞していると、ふと2017年版『美女と野獣』を観たときを思い出した。ダンスのシーンで肌の色が異なる人が一緒に踊っている姿に全く違和感を感じなかった。もう少し肌の色に合わせたドレス着ればいいのにって思ってからあれ?って気づいた。舞台になっている18世紀は黒人は奴隷として扱われていた時代だから史実とは異なるはずだ。でも映画は史実に従う必要はない。これがあるべき姿なのだと示すことで現実を少しずつ変えていく。映画にはそんな力があるのかもしれない。

『キャプテン・マーベル』の場合だと、女性が最強のヒーローとして画面のど真ん中で仁王立ちしている。そんな映画が世界中でヒットすれば、それはスタンダードな形として観た人の心に刻まれていく。『ワンダーウーマン』のように女性らしさを打ち出したヒーローとは違って、キャプテン・マーベルは性別を超えた強さを持っている。その姿はきっと男女の隔たりを打ち砕いてくれる。

ヒーローものでありながら『ボーン・アイデンティティー』みたいなサスペンス色を取り入れた少し風変わりな作品。ちゃんと単品としての魅力を持ちながらも、インフレし過ぎて笑いのネタとしか思えないほどパワー全開のアクションや、合間に挟んでくるニック・フューリーのあざといほどの可愛らしさはシリーズを通して応援してきたファンたちの意表を突いてくる。多くの人に観てもらうためにすっごくバランスに気を使ったんだろうなって思う。

まだキャプテン・マーベルは自分の力に目覚めたばかりで好き勝手に大暴れしてるだけ(サラリと凄いことしてるけど)。完結作の直前で現れていきなり最強の座に躍り出てしまった彼女が今後の作品でどんな戦いぶりを見せてくれるのか気になるところ。

でもさ、この作品で初めてマーベル作品に出会った人はどうしたらいいんだろう。このまま『アベンジャーズ/エンドゲーム』に挑んでもらえばいいのか、過去作を観てもらった方がいいのか悩んでしまう。せめて現在のニック・フューリーさんについて教えてあげたら良いのかなぁ?

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おわりに

4月26日(金)には『アベンジャーズ エンドゲーム』が公開され、11年にわたって続いてきたアベンジャーズシリーズがついに完結します。キャプテン・マーベルは普通に登場すると思うので、あれ何だろこの人?ってならないよう事前に観ておいた方が良いですよ!


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