【映画感想】ちかくてとおい/ある視点から見た「3.11」

今もなお、多くの人の人生に影響を与える東日本大震災。ちょうど8年目となる3月になって、偶然にもひとつの映画作品と出会いました。

直後の出来事から過去へ、そして未来へと1つの視点から見続ける「3.11」。それは日本の未来に目を向けることでもありました。

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その地に立って

岩手県大槌町。2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震によって引き起こされた津波が無慈悲に飲み込んだその地に、大久保愉伊監督が戻れたのは1週間後でした。

スクリーンに映し出される壊滅的な被害を受けた町の姿。足元から果てしなく遠くまで続く瓦礫の大地。断片的に残る営みの跡がなければつい数日前までたくさんの笑顔があったとは信じられない光景。東京にいて幸運にも危険な目に合わなかった僕ですら心拍数が上がり、恐怖に襲われます。

監督のご実家に、かろうじて残された建物と散らばった思い出の断片。気を抜けば強い感情に支配されてしまいそうな心を冷静なナレーションが抱きしめられながら、ザクリ、ザクリと歩いている。気がつけば、何かしなくてはと思っても自分の周りにある現実にしがみ付くのが精一杯だった僕が、初めてその地に立っていました。

過去の記憶

大槌町は、かつて数度の大津波に襲われていました。そしてその度に蘇った町でもあります。何もかもを失った人たちは、未来への希望を抱いて復興に力を注ぎました。

どんな気持ちだったんだろう。以前と同じ故郷の景色を見たかったのかもしれません。誰かと一緒に温かい春を迎えたかったのかもしれません。一緒にいられなかった人たちの分も、この地で生きようとしたのかもしれません。

古い映像などの記録は過去の災害で多くは残っていないでしょう。それでも人が紡いた記憶が、昔の津波の教訓が、ずっと残ってきました。多くの人たちの思いがあって大槌町は生き続けてきました。

町は、人がいてこその町なんだなって思いました。

未来に向かって

復興が進み、盛り土で堤防が作られ、形を変えていく故郷の姿。かつての町は土の下に埋もれ、暮らしていた人たちの思い出は記憶の中に残るばかりとなりました。まだ幼い子どもたちにとっては、生活感もなく大きな工事車両が動き回る風景が当たり前になってしまいました。

町は生き物と同じく衰退と再生を繰り返します。昭和の大津波からの復興は人がいてこそ成り立ったのだと思います。じゃあこれからは?以前のようにまた多くの人が故郷に戻り復興に力を注げるでしょうか。この問題は大槌町だけに限らず日本の未来にすら当てはまります。

綺麗に整地された土地だけが残り、誰もいない大槌町の姿が一瞬脳裏をよぎり恐怖を感じました。

誰もいなくなり、何も残らない。誰の記憶からも消えてしまうことは、もしかすると死よりも恐ろしいことなのかもしれません。

おわりに

東日本大震災を題材にした映画はたくさん作られました。その中には突然の悲劇から生まれた悲しみや原発などに対する怒りといった感情的なもの、または事象を俯瞰的に見て地球規模での危機を警告するものなど様々な視点があります。

『ちかくてとおい』は1人の人間の視点から、過去、現在、そして未来への思いを静かに語ります。鑑賞後も心の中に残り続ける光景とナレーションの声は、日本がはどこへ向かうのかと、今もなお問いかけてきます。

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