
ついに開幕の日を迎えたWRC(世界ラリー選手権)2019年シーズン。初戦となったラリー・モンテカルロは16ステージ323.83kmを走破してわずか2.2秒差で勝者が決定した歴史に残る名勝負。
1年を通じて最も予測不可能と呼ばれるレースの中には、様々な思いが渦巻いていました。
3強の夢よ何処へ
ステージ8、金曜日最後のアタックを終えて総合3番手。タイムはトップから1分以上離されているが悪くない。オープニングステージでフィニッシュラインを間違えてゴール前に減速、2ステージ目ではタイヤの選択ミスでタイムロス。初日は散々だったが2日目は調子を取り戻した。
土曜日、朝一番のステージ9。青い空。低い角度から差し込む朝日が乾ききっていないアスファルトを眩しく照らす。カーナンバー89、アンドレアス・ミケルセンとアンダース・イェーガーの名が書かれたマシンは、路肩付近に雪が残るアルプスの峠道を右に左にと小刻みに、リズミカルにクリアしていく。
セバスチャン・オジエ、ティエリー・ヌービルに次ぐ3番手。今の順位は2016年の最終戦を終えた時点のランキングと同じだった。2014年から3年連続3位。最後は同僚のヤリ-マティ・ラトバラをも上回った。これでチャンピオンを狙える場所に立てたと確信した矢先にフォルクスワーゲンの撤退で全てを失った。オジエ、ラトバラはそれぞれエースドライバーとして別のチームに無事移籍し、自分だけが取り残された。ライバルだったオジエは頂点に居続け、ヌービルはその隣に並ぼうとしているというのに。
それでも諦めず、どんなチャンスにも飛びついた。単発の依頼でも下位クラスのWRC2でも断らずに乗った。強さを証明して見せたかった。そしてようやく居場所を得た。手を差し伸べてくれたのはヌービルの所属するヒュンダイだった。
マシンは速い。だが何故かこのチームは誰かが必ず調子を崩す。ヌービルもそうだったしヘイデン・パッドンもそうだった。ダニ・ソルドだけは例外的にマイペースだ。まさか自分の身に降りかかるとは思っていなかった。昨シーズンは移籍2戦目で表彰台に上がったきりで全く成績がついて来なかった。
今年は違う。初戦からノレている。
ステージ終盤、左への急なコーナーを抜けると今度は右へと旋回する。ここを抜けるとゴールまでもうすぐだ。中速の右コーナーへ100km強のスピードで進入する。
瞬間、マシンが左にブレる。氷の上に乗ったのだろうか。咄嗟にカウンターを当てる。それでもアウトに引っ張られる。ほんの少しコースアウトしてしまうかもしれない。ほんの僅かのズレだ。しかしここは峠道。コースのすぐ外には山の斜面が悪魔の壁のように見える。
ドン、と強い衝撃。コ・ドライバーの声が聞こえる。いつもの歯切れの良い声ではなく悲しみの混じった呻きだ。
パンクだろうか。左リアからのレスポンスが感じられない。もっと深刻な事態になっているはずだ。ステージエンドはすぐ目の前にあるのにノロノロと走るマシンは一向にたどり着かない。
また辛い1年になってしまうのだろうか。誰か、この肩に乗った疫病神を払ってくれないか。
勝利の鍵がセブならば
デビュー戦での表彰台の夢は絶たれた。しかし、誰よりも速く走れることを証明する必要がある。その瞬間のために力を、そしてタイヤを温存してきた。
最終ステージ。僅か0.4秒差で優勝を争うオジエとヌービルのタイヤは磨耗が激しいはずだ。まだ慣れていないトヨタ ヤリスWRCであっても、13.58kmのスプリントなら勝てるチャンスはある。
スタートすると早速ヘアピンが次々に襲いかかる難コース。今朝のステージ14で一度走っているのでブレーキ跡が残っている。マシンのグリップも効いている。路面はドライのアスファルト。走行順によるタイムのハンデはない。いける。
2018年、ラリー・ポルトガルでの大きなクラッシュを機にシトロエンから参戦打ち切りになりレギュラーシートを失った。長い付き合いのあるシトロエンとの関係も、これで一旦終止符が打たれることになった。あのチームは未だにセバスチャン・ローブが築いた栄光の日々から抜け出せていないようだった。彼のような超人がいてこその組織。モータースポーツの世界では独裁体制が当然であるかのように受け入れられている。
そのチームは今年セバスチャン・オジエを獲得した。昨年までのMスポーツの成功を受けてオジエのためのチームを作るつもりだろう。どいつもこいつもセブ、セブ、セブ。セブさえいればそれでいいのか。
「ヘアピンレフト、ツーライトプラスプラス、ワンフィフティ」
助手席からコ・ドライバーの声が聞こえる。明確でシンプルな指示。声量や高低によってインフォメーションの重要度をわかりやすく伝えてくる。言葉がイメージになる。イメージが目の前の現実と重なる。マシンがイメージと寸分違わぬラインをトレースして、短いストレートで可能な限り加速する。美しいと思う。自分の身体が地球と一体化したかのように知覚できる。
昨年末にトヨタからのオファーを受けた。マシンの速さは知っているから断る理由などない。だがそれ以上に、このチームには今のWRCに欠けている何かがあるような気がした。だから移籍した。
エースの独裁ではなく誰もが勝てる体制があった。オット・タナクという不動のエースだけではなく、ヤリ-マティ・ラトバラ、エサペッカ・ラッピら才能のあるドライバーたちが勝つための努力も疎かにはしていなかった。セブたちのような超人にはなれなかったが、ここでなら輝けるチャンスがあると思えた。
「エイティ、ヘアピンライト、ドントカット」
絶え間なく指示が飛ぶ。集中して丁寧にクリアしていく。これまでにいくつものチームを渡り歩き、苦労もしてきた。ようやく理想に近いチームとマシンに巡り会えた。そして。
フィニッシュラインに飛び込む。手を差し伸べて握手をする。ありがとう、セバスチャン・マーシャル。そう、俺の隣にもセブがいるじゃないか。
攻めるだけが戦いか
ようやく追い詰めた。首位のオジエには0.4秒差。ラリー・モンテカルロ5連勝の男の背中が手の届く場所にある。
誰もが去年のイタリア戦を思い出したはずだ。最終ステージでの大逆転劇がもう一度起こるのだと。だけど正直、迷いの中にいた。
2018年の第7戦、ラリー・イタリア・サルディニア。最終ステージを前にオジエに0.8秒差まで肉薄し、フィニッシュラインで0.7秒差の逆転劇。あれで流れを引き寄せたはずだった。なのにその後1勝すら挙げることができなかった。たった1戦に全ての力を注ぎ込んでしまったかのようだった。オジエが後半戦で勝てたのは1度きりだった。それでも彼はチャンピオンになった。勝利の数より着実にポイントを重ねていった結果だった。
最終ステージへとアクセルを踏み込む。プッシュすれば今回も勝利を得ることができるかもしれない。ただ、それは2位の18ポイントすら逃してししまうリスクと引き換えだ。 どっちを取るか。
迷いが走りに表れていた。攻めて勝利をもぎ取るか2位を確実なものにするか、心が納得しないままにスタンスだけは決まっていた。リスクを最小限に抑え可能な限り攻める。タイムはクリス・ミークに次ぐ暫定2番手。あとは最終走者を待つだけだ。
ラストを飾るオジエの走りは美しかった。Mスポーツの頃よりもキレがあるように見えた。ミークに次ぐ2番手のタイムで優勝を飾り25ポイントにパワーステージの4ポイントを加え29ポイントを手にした。2位の18ポイントに3ポイントを加え計21ポイント、8ポイントの差はこれから埋めていくしかない。悔しいけど彼を讃えに行こう。モンテマイスターを倒すのは、チャンピオンの称号を手に入れてからでも遅くない。
おわりに
初戦から歴史に残る大バトルになりましたが、終わってみればオジエの6連覇。今年も彼を中心に、ヌービル、タナクの活躍が気になりますね。
WRC第2戦ラリー・スウェーデンは2月14日開幕です。お楽しみに!
※この物語はフィクションです。
【WRC2019】世界ラリー選手権 第2戦ラリー・スウェーデン/王者を狙う者たち
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ラリー・モンテカルロ動画
ステージ 1 – 5 ハイライト
ステージ 6 – 8 ハイライト
ステージ 9 – 10 ハイライト
ステージ 11 – 12 ハイライト
ステージ 13 – 14 ハイライト
最終ステージ ハイライト
画像の出典:TOYOTA GAZOO Racing