【映画感想】台北暮色/笑い声もため息も、夕日の色に溶けていく

台北暮色
(C)3H Productions Ltd

2019年最初の映画館は、以前から行きたいと思っていたアップリンク吉祥寺でした。そして鑑賞した作品は『台北暮色』と久しぶりのアジア映画。

知らないはずの場所なのに、なぜか懐かしい感じがしました。

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傍観者として

遠くには市街地の高いビルの群れ。日本の大都市と変わらない地下鉄の風景を通り過ぎて路地裏に踏み出せば、ようやく異国の地に立っていることに気付く。緑の多い狭い通りの先、建物の入り口の玄関飾り。そうか、ここは台北だったんだ。

カメラはドキュメンタリーみたいに人々を追い続ける。リアルな文化を知らないから誇張されていてもわからないのだけれど、自然体で淡々とした何気ない毎日が流れていく。

でも退屈なんかじゃない。例えば駅前で待ち合わせまでの時間、通り過ぎてく人たちを眺めているときの感覚に近い。彼らの表面をなぞって読み取れる情報から何をしているのか、どんな人生を背負ってきたのかを推測していると徐々に他人ではなくなっていく。もちろん一方的で無責任で、あくまでも傍観者なんだけど。

彼らもまた傍観者だった

主人公たちもまた傍観者として振る舞い生きている。インコが大好きなシュー(リマ・ジタン)は英語が堪能でおせっかい焼きで周囲の人たちとも仲良くやってはいるのだけれど、背負ってしまった過去のせいなのか少し他人と距離を置いて暮らしている。

彼女が住む集合住宅の修繕のために日本製の車に乗り毎日通うフォン(クー・ユールン)は寡黙で真面目な青年で、彼もまた周りの人間達に寄り添いながら生きている。どんなことにも妥協しない姿勢は、ときどき異彩を放つ。予想通り、彼もまた過去を引きずりながら生きている。

2人には共通点がある。舞台となる地域は彼らを受け入れているのに、彼らの方は溶け込むことを拒否している。優しい、けれど悲しい傍観者だ。

そして誰もが孤独だった

シューとフォンの2人に気持ちが近づいていくと、今度はずっと昔から町で暮らしている人たちの内面がよく見えてくる。古くから受け継がれてきたものを捨てられず、悩みながら抱えて生きる姿。彼らは傍観者とはまた違った孤独を抱えている。

ゆっくりと流れる時間の中で静かに優しく生きる毎日は、その形だけが残ってしまった。時代が求めている強く孤独な生き方に、いつか飲み込まれてしまうのだと知りながらも抗いながら生きていく。それは傍観者として生きるよりも悲しく思えた。

誰にも等しく訪れる台北の濃い夕暮れの色が、心の重荷を溶かしてくれる。また明日には重い荷物を背負うのだろう。でも良いこともあるかもしれない。誰かの笑顔が救ってくれるかもしれない。そんな風に明日を受け入れていくのは決して悪いことじゃない。

みんな孤独だった。でも美しかった。それは他人を拒否する冷たさではなく、ただ強く生きようとする姿だったから。

おわりに

この映画、わかりやすいストーリーがなく、感想についても僕が作品から受け取ったイメージを想像で膨らませて書きました。

インコ愛が溢れてるわりにの鳥の鼻先で刃物を使ったり、窓開けたまま檻から出しちゃう意外とうっかりさんのシューさん。「車がエンコした」なんて最近聞かない言葉を話すフォンさん。そして一見奇妙な行動を取る少年もそうだし、誰も多くを語らないのに台北とそこに住む人達の生活や思いが見えてくるのがとっても不思議でした。

いつか台湾に行ったとき、きっとこの映画を思い出すことになるでしょう。早く行きたい。

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