【映画感想】飢えたライオン/目には見えない獣

飢えたライオン

ブツリ、ブツリ。画面が暗転する度に闇が近づいて来る。耳をすますと、その足音が聞こえる。おびただしい数の悪意。でも外側からだけじゃなかった。自分の内側から聞こえる確かな足音を、無視することはできなかった。

鑑賞中から胸がムカムカして、帰りの電車の中で吐き気がして、家についてすぐにトイレに駆け込みました。劇場で飲んだカルピスが……。

映画が始まって間もない頃は笑顔で過ごす高校生活を目にしていたはずなのに、気付けば拘束された状態で生爪を剥がされるような苦痛を味わっている。残忍な1人の犯人が哀れな犠牲者を追い詰めるなんてシンプルな恐怖じゃない。インターネットによって強大な力を得た不特定多数の総意が自覚もないままに1人の人間の命を喰らう余りにも無慈悲な行為。人々の意識が人間の思惑を超え、ときには真実すら歪めてしまう制御不能の本能。

タイトル通りスクリーンの中には、目には見えない飢えた獣がいました。

 

欲望、好奇心、集団心理、誰かにとって都合の良い噂。それぞれの勝手な思惑がたった1人の人間に向けられ、心も身体も好き勝手に食いちぎる。そんなとき「死んだら負け」なんて言葉が耳に届くだろうか。いやきっと届かない。僕ならそれすらも悪意としか受け取ることができないと思う。人はそれくらい人に残酷になれる。

 

弄ばれる主人公の側の恐怖に怯えながら、一方では集団の中にいる自分の存在を感じていました。日頃耳にする安易な噂話の、都合の良い部分だけを切り取って信じて疑うことも忘れた自分自身の姿。被害者でなくて良かったと、他人事で終わらせてしまう無関心な感情。不特定多数の集団の中に浮かぶ己の無表情で醜い顔にゾッとする。普段から意識もせずに行う行動が、もしかしたら誰かの命すら奪っていたのかもしれないなんて知りもしないで。

ドアモニター越しに映る友人たちの顔も、精神的に追い詰めた後の行為も、大人たちの薄っぺらい言葉も、全てが気持ち悪かった。でも目を逸らしたら、それこそ都合の悪い現実から逃げるみたいで嫌だった。もし上演時間が2時間以上あったら正気を保てなかったかも。

最後のシーンだけは、映画をきちんと終わらせることから逃げているような気がして憤りを覚えましたが、それくらい本気で観た映画ってあまりなかったです。冷静に振り返れば、なるほどと思える結末だし。

 

SNSの拡散力ってもう誰も制御できないくらい大きくなってしまいました。『カメラを止めるな!』ではその力が良い方に働いて大ヒットにつながりましたが、もしも誰かが「これは映画に対する侮辱だ!」なんて批評を先に広めていたととしたら、今とは全然違う結果になっていたんだと思います。SNSの宣伝効果にばかり目を向けていろんな映画が、プロダクトやサービスがその力を利用しようとしていますが、本当に正しいことなのか考え続けていかなければなりませんね。

 

もしもこの主人公のような境遇に合ったとき、手を差し伸べてくれる誰かがいたとしたら、抱きしめられるだけじゃなくて抱きしめてあげてください。きっとその人も同じような苦しみを知っている人だから。

 

(C)2017 The Hungry Lion.All Rights Reserved.