【映画感想】ラジオ・コバニ/言葉が希望を紡いでく

ラジオ・コバニ

シリア北部、トルコとの国境沿いにある小さな都市、コバニ。クルド人を中心に約5万人が暮らしていましたが、シリア内戦で勢いづくイスラム国が2014年に占領してしまいます。

クルド人民防衛隊(YPG)を始めとした抵抗勢力の努力により2015年にイスラム国を掃討。ついに自由を勝ち取りますが、街はすっかり瓦礫と化していたのでした。

何もかもを失い途方にくれる人々の間を「おはようコバニ」が今日も流れます。未来への希望を紡ぐように。

この作品は、破壊され尽くしたコバニでラジオ局を立ち上げたディロバン・キコさんらの3年間にわたる活動を追ったドキュメンタリーです。

イスラム国の支配は、建物だけでなく人の心も壊してしまいました。かつて我が家があったはずの場所にうずくまる家族、戦いの中では気づかなかった、敵を殺してしまった葛藤と残り続ける感触。ようやく自由を取り戻したとはいえ、立ち直るには壊すよりもはるかに多くの時間が必要になります。

破壊活動が収まった後に待っていたのは、爆撃などで埋もれてしまった人たちを重機で掘り起こす作業でした。もはやそれが人であったのかすらわからないほどにバラバラになり、無造作に投げ出される死体の数々。感覚が麻痺するほどの非日常な日常の中に、ラジオが流れます。

「おはようコバニ」

淡々と、その声は紡ぎます。戦闘指導者である女性からのメッセージと、もうすぐ訪れる勝利への希望を。アーティストが奏でる音楽に乗せた、かつて平和だった頃の笑顔と人生の楽しさを。

アナウンサーのディロバンさん自身も友人をイスラム国に殺されています。それでも悲しみに溺れること無く、ときには、いつか生まれてくるだろう彼女の子どもたちに言い聞かせるように語りかけます。

生きるのに必要なものはなんでしょう。衣食住が足りていれば生きるのに困らないけれど、全てが足りていなくても強く生きていけるのはなぜなんだろう。

未来への希望があるからなのかもしれません。

ラジオなんてお腹を満たすこともできないし誰かを包んであげることもできません。でも人の心に希望を残しました。そして、ラジオから離れれば1人の女声として笑ったり泣いたり恋の話に花を咲かせるディロバンさん。彼女自身も街の声を聞いて勇気をもらって強く生きているのかもしれません。

 

いつか生まれてくるディロバンさんの子どもたちは、このドキュメンタリーをどう観るんでしょうね。こんな時代があったんだよって昔話になってくれれば良いのだけれど。

 

世界に報道されるような大きな戦いは無くなりました。でもシリア全土を覆う混乱は未だに解決の糸口をつかめず、いつ何が起こるかわからない状況が続いています。

日本ではほとんど報道されることもなくなってしましたが、映画を通してでも知ることはできるのです。何もできることはないかもしれませんが、目を離さずにいたいと思います。

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