【フォーミュラE】ルーカス・ディ・グラッシ/ヒールからヒーローになった男

ルーカス・ディ・グラッシ

2016年7月3日、イギリス・バタシーパーク。土日両日開催の1戦目を終え、首位アプト・アウディのルーカス・ディ・グラッシとルノー・e.ダムスを駆るセバスチャン・ブエミとのポイント差は僅かに3ポイント。タイトル争いの行方は日曜日の最終戦に持ち越された。

そして翌日。予選で競り勝ったのはブエミだった。圧巻の走りでポールポジションを獲得し、フォーミュラEの規定により3ポイントを奪い取った。ディ・グラッシは3番手と健闘したが、嘆きの声を上げることしかできなかった。

チャンピオンを争う2人が同ポイントで並び、運命の決勝が始まった。

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2016年、悪夢の最終戦

ポールポジションとサードグリッド、縦に並んだ両者は共にミスのないスタートを決め、緩やかなターン1、ターン2を抜けて左にほぼ直角に曲がるターン3へと向かう。ディ・グラッシはセカンドグリッドからスタートしたブエミのチームメイト、ニコラス・プロストにアウト側から並びかける。

ブレーキングポイントに差し掛かった瞬間だった。ディ・グラッシのマシンが挙動を乱してプロストの右フロントに接触する。弾かれてコントロールを失ったまま、今度はノーズが前を行くブエミのリアウイングに突き刺さる。両者は絡み合うように狭いエスケープゾーンに吸い込まれていった。

2台はピットまでなんとか自力で戻り、乗り換えたマシンによる予選さながらのファステストラップ競争の末にブエミが2ポイントを加算して、セカンドシーズンの覇者となった。優勝争いを演じながらも後味の悪いシーズンを終えたディ・グラッシは、ドライバーズタイトルに一番近い男から一瞬にしてヒール役へと転落してしまう。

 

勝ちきれない男の焦り

まるで1990年のF1鈴鹿グランプリ、セナプロ対決を彷彿とさせる結末には、意図的だったのではないかという推測もあった。

確かに両者ノーポイントで終わっていれば、シーズン中の優勝3回、2位2回で並び、3位の数が1つ上回るディ・グラッシがチャンピオンだった。だが彼が本気でそれを狙っていたのなら、あえてウォールを避けてエスケープゾーンに押し込んだりはしないだろう。

それに、ディ・グラッシは予選の段階で問題のターン3を攻略できておらず、正確なブレーキングポイントを見つけられていなかった。加えて焦りもあっただろう。狭くて抜くのが容易ではないコースで前を行くブエミを捉え、彼よりも前でフィニッシュしなくてはならなかったのだから。ずっと届きそうで届かなかった王座なら、そのプレッシャーはなおさらだ。

 

栄冠を目前にして勝ちきれない姿は、これまで築いてきた彼のキャリアにも表れている。

2005年のマカオグランプリ優勝からGP2、ルマン24時間レース、WEC(世界耐久選手権)へとディ・グラッシはステップアップしていく。これだけ聞くと順風満帆な人生だが、安定した速さは認められつつも2位、3位という成績が多い。

最後の最後での、あと一押しがあれば。それは誰よりもきっと彼自身が一番知っている。

 

 

 遠ざかるブエミの背中

ディ・グラッシにとって、サード・シーズンの幕開けは前年よりも厳しいものとなった。ライバルのブエミが駆るルノー・Z.E 16は昨年より完成度が増し、開幕戦の香港からマラケシュ、ブエノスアイレスと3連勝を飾った。能力で差を付けられたアプト・シェフラー・FE02では表彰台に絡むのが精一杯だった。ディ・グラッシは4戦目のメキシコではピットイン戦略の妙で初優勝するも、次戦のモナコではまたしてもブエミの後塵を拝し、ゴール時のタイム差は0.3秒ながら数字以上の大きな性能差に苦しめられた。

そして迎えたパリではブエミ2連勝。ディ・グラッシはピット戦略のミスで焦ったのか、らしくないミスからのクラッシュによりリタイア、このシーズン初のノーポイントを喫してしまう。これで首位ブエミとのポイント差も43へと広がった。

マヒンドラ レーシングのフェリックス・ローゼンクヴィスト、ニック・ハイドフェルドらも調子を上げ、シーズン中盤から常に表彰台に絡み始める。背後からの追撃、そしてブエミに追いつくためには足りない、絶対的な速さ。

早くも今シーズンの覇者はブエミに決まってしまうのか。そんな諦めの言葉を口にしてしまいそうになった頃、風向きが変わり始めた。

 

自分らしさを取り戻して

ブエミはドイツでの連戦をタイヤの内圧規定違反によるノーポイント&優勝という荒れた成績を残し、次のニューヨーク2連戦を欠場することになった。これはWEC(世界耐久選手権)に出場するトヨタのシートを優先することになっていたためで、万が一ディ・グラッシが2連勝となれば逆転を許してしまうポイント差だけに、ブエミにとっては不満の残るものとなった。

ドイツを2位、3位でフィニッシュしたディ・グラッシは、足の骨折を押して出場したニューヨークの2戦を4位、5位の成績でまとめる。

昨年のままの彼なら、ここで無理に優勝を狙ったのではないだろうか。予想とは違い、まるでプレッシャーなどないかのように地味に、だが着実にポイントを重ねていく。レース展開としてはもう少し前に出られたかもしれなかったが、守りに徹した。チャンピオンの座を諦めたのだろうか?いや、表情は穏やかだが、その目は全く力を失ってはいない。

きっと彼は気づいたのだ。ブエミのような優れた速さはない。しかし粘り強さなら負けない。勝負どころが巡ってくるまでは、焦らずにその能力で可能な限りの戦いをするだけだと。

 

ついに手にした栄冠

決戦の地モントリオール。二人のポイント差は10ポイントまで縮まっている。ここでの2連戦で全てが決まる。

そして勝負の瞬間は突然やって来る。フォーミュラEではドライバーとコースとの相性による影響が大きい。勝機と見たカナダ連戦の初戦、スタートポジションを決めるスーパーポールでディ・グラッシは乾坤一擲の攻めを見せる。WECによる欠場から復帰したブエミが全く追いつけない完璧な走りでポールポジションを獲得する。勢いそのままに決勝でも逃げ切り、ポールトゥウィンでメキシコ以来の2勝目を手にする。

ブエミはフリー走行時のクラッシュで破損したモーター交換のペナルティで10グリッドの降格を受け、決勝では2位まで挽回したもののレース終了後に車両規定違反が見つかり失格。これでついにディ・グラッシがブエミを18ポイント上回り、首位に立つことになった。

迎えた最終戦では予選で13位に沈んだブエミ。ディ・グラッシは6位以上であれば自力優勝となるため、得意の手堅いレース運びを貫く。最後まで彼のバックミラーにブエミが映ることはなく、7位でチェッカーフラッグを受けてチャンピオンが確定した。

1年前はたった3ポイントの結果に泣いたが、今季は終わってみれば2位に24ポイント差とあっけない結末だった。

その間にヨーロッパでは化石燃料の規制が強まり、フォーミュラEに注目が集まるようになった。メルセデス、BMW、ポルシェなどのビッグネームが近い将来の参戦を表明した。これまで大きなタイトルに恵まれなかった男が、モータースポーツ界で最も将来を期待されているカテゴリの旗手となっていた。ヒールからヒーローへ。時代そのものがひっくり返った。

 

真の王者になるために

ようやく手にした栄冠。しかし彼の本当の実力が試されるのはこれからだ。

後半6戦で優勝1回、残りは全てノーポイントで終わったブエミは、それでも12戦中6勝の成績で2位となっている。彼がもしフル参戦できていたらディ・グラッシは手も足も出なかったかもしれない。

シーズン3までチームを支援し続けたアウディはシーズン4からフルワークスとして参戦することになった。チーム名も「アプト・シェフラー・アウディ・スポーツ」から「アウディスポーツ・アプト・シェフラー」に変更された。ルノーとのマシンの開発競争も激しくなる。ドライバー単独の力だけでなく、今後は優勝のためにはチームの総合力も必要になってくるだろう。

 

2017年12月2日からついにシーズン4が始まる。ディ・グラッシは王者としてだけではなく、モータースポーツの未来を背負い走り続ける。

 

おわりに

ちょっといつもと趣向を変えて真面目な感じで書いてみました。慣れてないので変な文章になってるかもしれませんが、とりあえず新しいシーズンもたくさん応援して日本で開催してもらえるようにしたいですね。

ディ・グラッシ選手、また来日してくださいね!今度は全力のデモラン期待してます!

 

画像の出典:Formula E

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