【映画感想】シリア・モナムール/芸術が戦争を超える日

2016年12月25日

シリア・モナムール

12月23日(金)に立教大学・池袋キャンバス内で開催された『シリア・モナムール』上映会・講演会に足を運びました。現地で撮影された実際の映像をつなぎ合わせて生まれた1本の映画には、ただのドキュメンタリーではない、それ以上の大きな意味が込められていました。

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あらすじ

2010年から2012年にかけてイスラム地域を吹き抜けた「アラブの春」という強い民主化運動の風。チュニジアやエジプトに次々と変革が訪れ、自由を願う声はシリア国内でも響き始めます。

しかし2011年5月、アサド政権はデモに参加する市民たちの鎮圧を開始、戦闘が始まります。同年のカンヌ国際映画祭出席を機にフランスに亡命した映画監督のオサーマ・モハンメドは遠く離れてしまった故郷で終わりなく続く惨劇に嘆き苦しんでいました。

そしてクリスマスの日。彼の元にSNSを通じて1人の女性からメッセージが届きます。戦地シリアで危険を冒しながらコートの下でカメラを回し続けるその人、シマヴはこう問いかけます。

「ハヴァロ(友よ)、もしあなたがシリアにいたら、何を撮っていた?」

【動画】映画『シリア・モナムール』予告編

 

感想

正直言って鑑賞前は、この映画は映像を通じてシリアの惨状を世界に伝えるためにあるのだと思っていたのですが、それは大きな間違いでした。

ただの戦争ドキュメンタリーではありません。監督でもあり主人公でもあるオサーマさんとシマブさんの目と心を通して感じられる争いへの嘆き、恐怖、怒り、悲しみ。2人の様々な感情を通じて伝わってくるのは、シリアへの愛と未来への希望です。

シリア国内に留まり、クルド人女性というしがらみの多い生活の中で、カメラを手にすることによって生まれて初めて自由を手にいれたシマブさん。恐怖と闘いながらも子供達に教育を与え、時に嘆く夜があっても強く生きようとします。淡々と語られる日々は、まるで千一夜の物語を紡ぐシャハラザードのよう。

故郷から離れた場所で、同胞たちが痛めつけられ殺される様を知りながら何一つできないオサーマさんは、自らの死すら意識するほど絶望に飲まれてしまいますが、シマブさんとのやり取りで救われ、彼女の心の支えとなります。

そんな2人がつないだ映像たちには、瓦礫と化し日々空爆の音が聞こえる街中を歩き綺麗な花を見つけて喜ぶ少年の姿を始め、絶望の中に常に小さな希望の光が見えていたような気がします。

上映後の、アラブ文学者の山本薫さんによる映画解説の中で「監督は美の力で暴力に勝ちたかった」という言葉が出てきてスゥッと心に留まりました。あぁそうか、これは芸術なんだ。人類が創り出した戦争という愚かな文化を圧倒できる数少ない力。美の力が込められているんだ、と。

振り返ってみると、単純に映画としても数々の過去の名作たちへのオマージュもあり奥深い作品になっています。タイトルにもかかっている『ヒロシマ・モナムール』をはじめ黒澤明監督の『どですかでん』という言葉が出てきたり、劇中で登場する映画や音楽、文学なども登場し、ドキュメンタリーではあるものの、映画という芸術であることを意識しているのかなと思いました。

 

奇しくもアレッポ陥落のタイミング

ちょうどこの上映会・講演会直前に、反体制派の重要都市アレッポが政府軍により陥落。長きにわたって続いた内戦が大きな転機を迎えました。

その戦いのきっかけとなった出来事は劇中でも描かれており、誰も望んだ争いではなかったことがわかります。更なる戦いが続くにしても、もう長くはないでしょう。戦闘が終結することは良いのですが、長年にわたり独裁政権を続けてきたアサド政権に逆らう形となってしまった人たちがどんな扱いを受けることになるのかが心配です。

上映会がタイミングになったのは、目を背けないで欲しいという啓示なのかもしれません。

 

おわりに

会場には多くの人が集まり、上映会後の講演会も盛況で、あまり情報が入ってこない日本でもこんなにたくさんの人が遠いシリアという国に思いを巡らせていることに救われる思いでした。

画像の出典:シリア・モナムール公式サイト


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