「SEALDsと読む、僕らの民主主義」イベントに参加して思ったこと

2016年1月25日

f_f_object_8_s128_f_object_8_2bg
1月21日(木)に開催された「Reading for Change〜社会を変える読書会〜」さん主催の、『SEALDs×社会を変える読書会 「SEALDsと読む、僕らの民主主義」』に参加してきました。

SEALDsと民主主義、どちらについても知識は持っていないし、普段は深く考える機会の少ないテーマではありますが、有意義な経験を得ることができましたので感想を書いてみたいと思います。

スポンサーリンク

本屋さんの中で行われた読書会

場所は荻窪にできたばかりの書店「Title」さん。SEALDsのメンバーである千葉泰真さん、今村幸子さん、松島京太さんを中心に、この会を主催された港区議会議員でもありNPO法人グリーンバード代表の横尾俊成さん、政策コンサルタントの細川甚孝さん、社会書などの編集をされている末澤寧史さんによる進行で、穏やかで楽しくもためになる話し合いの場となりました。

参加者側も20名を超える大盛況。会場は普通の書店なので、紙の匂いに囲まれながら文字通り全員が膝を付き合わせる距離で向き合ってのスタートです。近い。驚くほど近い。

 

課題図書はSEALDs選書プロジェクトからの5冊

参加にあたり、事前にSEALDs選書プロジェクトからのオススメ5冊をご紹介いただきました。これらの本の概要や、重要なポイントを抜粋した文の紹介をベースにお話が進んでいきました。選書は以下になります。

  • 『民主主義ってこれだ!』(SEALDs編著、大月書店)
  • 『社会を変えるには』(小熊英二著、講談社)
  • 『集団的自衛権と安全保障』(豊下楢彦・古関彰一著、岩波書店)
  • 『丸山眞男セレクション』(丸山 眞男著・杉田敦編、平凡社)
  • 『右傾化する日本政治』(中野 晃一著、岩波書店)

僕が選んだのは小熊英二さんの「社会を変えるには」でした。手にしてみると重くて分厚くて最初は投げ出しそうになったけど、読み始めると意外にもスルスルと読みやすくて、エッセイを読んでいるような感じに近かったです。

 

選書を読んで民主主義について考える

民主主義とは何か。その解釈の仕方はいろいろあるでしょうが、複数の人間が共に生きる集団の中で何か行動を起こそうとするとき「一人ひとりが意見を持ち、話し合って答えを決める」のが前提にあると思うんですよね。

だけど、大勢の人が集まると考え方も多すぎて答えがまとまらなくなってしまうので、なるべく早く効率的に結論を出すために、意見を取りまとめる代表者の選出や多数決で決めるための投票というアイディアが生まれました。それが今の日本でも採用されている「代議制民主主義」の形になっていきます。

しかしこの制度にも問題があります。1つは、例えば異なる2つの考えがあるときに、賛成する人数の多い方が選択されるので少数派の意見が反映されないこと。

2つめは、民主主義という前提から目を逸らすと単純な数集めになってしまうこと。それじゃただのゲームになってしまいます。

3つめは、ある目的で選ばれた代表者が、放っておくと違う目的を果たせてしまうこと。選挙前はいいこと言ってたのに、当選したら言ってた内容と違うことしてる!って話、聞いたことありますよね。

こんな風に民主主義はいい制度だけど完璧じゃないから、放っておくと名前ばかりの別のものになってしまいますよってこと。かなりザックリした感じでしか理解できてませんが(合ってるのか?)、こんな感じに受け取りました。

 

選書から見えてくるSEALDsの姿

ではその問題を解決しようとすると、何が必要になるでしょうか。

まずは民主主義の前提である、「一人ひとりが意見を持ち、話し合って答えを決める」ということから始めたらいいんじゃないか。それは別に「こういう原因によってこういう事象が起こる、その根拠はこうで、そのためにはこうしなければならない」といった理詰めの結論じゃなくてもいいから、まずは聞いて、知って、話してみる。

ちょっとした疑問を声に出したとき、そこから別の意見が生まれる。また質問したりを繰り返して意見交換を活発に行うことによって、思い込みからの解放や新しい意見の吸収ができるようになるし、次の疑問も生まれてくる。

為すべきことと取り組まなくてはならない課題を話し合って洗い出してまとめ上げて、最後に結論を出す。それが民主主義。そういう思いがSEALDsが持つ理念の根底にあると感じました。

 

「われわれ」から「わたし」への変化

今回はSEALDsの活動についてもお話を聞くことができました。参加者からは組織形態や指示系統、どのような確固たる思想で繋がっているのかという質問がありましたが、その前提となっている「統制された学生運動家集団」というイメージと現実の間にとても大きなギャップがありました。

実態は堅苦しい組織ではなく緩やかな繋がりを持つグループで、自由に参加したり出て行けるし、ある活動に対して行動を起こすのも自主的に集まったメンバーによるもので終わったら解散という流れだし、思想に関しても戦争に行きたくない!って人もいればそうじゃない人もいたり様々です。お互いに学生という共通の立場だから可能なのかもしれませんが、日本の企業が受け入れ難い柔軟な就労スタイルに似た環境をすでに実現していたりもします。

人によっては脆弱な組織と捉えてしまうでしょうが、逆に彼らは集団の中に属することで安心していられる社会を理解できないのだと思います。安心安全だと信じられてきたそんな社会が目の前で崩れていくのを見てきた世代なのですから。

1960年代に起きた学生運動とは違い、メッセージの主語も「われわれ」ではなくて「わたし」という言葉を使うところにも変化が現れています。集団同士の結びつきから、個々の繋がりへの変化。集団社会の中で生きることに慣れてしまった世代の人たちは、そこに違和感を感じてしまうのかもしれませんね。

 

分かり合えないからこそ、話し合うことの難しさと大切さ

そもそも人は分かり合えないのかもしれないな、と思うことがあります。それぞれの利益を考えれば望みは全く異なりますから。

民主主義国家同士だって相手の資産をタダで全部もらえるが一番嬉しいわけで、そんなこと実際には難しい。だからお互いの妥協点を探したり、ルールを決めてベストじゃなくベターな選択を見つけようとする。そのために会合をしたりします。

例えば日本が戦力を認めることにしても、戦争をしたいとかしたくないとか、そんな2者選択ではないですよね。戦争はしたくないけれど、他国からの脅威に対してある程度の戦力は必要だって考え方だってあるし、戦争は国家の交渉手段だと認めるけど、それであっても際限なく行使できる武力には歯止めが必要になるだろうし。どちらにしてもたくさんの決め事は必要で、そのためには話し合うしか方法はありません。

異なる意見を持つ相手を批判したり聞く耳を持たないというのは、それこそ民主主義のやり方ではないでしょう。

 

おわりに

僕は政治に疎いおかげでSEALDsという存在に対して特に強いイメージを持っておらず、お誘いがあったときに軽い興味だけで参加しようという気持ちになりました(なんだか面白そう!って考えで参加したのはちょっと不謹慎だったと思いますが)。

世の中的には批判的な意見が多かったり問題となるような行動がニュースで流れたりしているので、活動に否定的な方や話をするだけ無駄だと考える人も多いのかもしれません。「SEALDs 民主主義ってこれだ!」っていう出版物も、一人ひとりが声を上げ議論して答えを出すのが民主主義だよ、って伝えたいのだと思いますが、個々の、バラバラで尖った主張の方にフォーカスが当たるように書かれてしまっているようで少し残念な感じがしました。

でも、もっと話をして、この国を良くするにはどうしたらいいんだろうね?って考えたり、民主主義って言葉から受け取る意味の違いをお互い理解しあったり、タブーにしないで話そうよって考えには、素直にそうだねって納得できました。

スポンサーリンク