「2001年宇宙の旅」はもっと早く小説版も読んでおくべきだったかもしれない

2015年9月29日

f_f_event_28_s128_f_event_28_0bg
SFが好きでも好きじゃなくても、映画の歴史を語ると必ず話題に出てくる「2001年 宇宙の旅」。SFは好きなジャンルなのでDVDを買って、ブルーレイで買い直してなんてことをしながらすでに何度か観ています。

しかし一切の説明を省いたストーリーは論争が起きるほど難解で、とくに詳しい説明もないまま起こるHALの反乱に後半のトランス状態のような映像、そして最後にたどり着いた謎の部屋。いまだに観終わったあとは置いてきぼりになったような気持ちになります。

こういうもんなのかな、と思ってたら古本屋で偶然安くて保存状態の良い小説版を発見したので買ってみました。これは映画版が好きならもっと前に読んでおくべきでした。

スポンサーリンク

SFとしては大きな違いはない。だけど行き先は木星ではない

話の流れに大きな違いはありませんが、乗組員が緊急事態に取るアクションやHALの行動原理など、ストーリーが異なる部分が多少あります。これは映画と小説が並行して制作されていたせいです。当人のアーサー・C・クラークさんとスタンリー・キューブリック監督はお互い妥協できなさそうな人たちですから、これくらいの差異で済んだことが奇跡なんじゃないかと思います。

一番大きな相違点は、宇宙船ディスカバリー号が向かう先です。行き先は木星ではありません。違う星に向かいます。距離的にはとんでもない違いがありますが、SFのストーリーとしては大した違いではないのでしょう。

 

HALの気持ち、モノリスの気持ちが描かれている

無駄な会話は一切ない本作の中でも、無表情だし特に謎に包まれていたままのHAL。そんな彼の心情(?)も、小説の中では語られています。映画の中でも反乱のきちんとした理由があったとは思いますが、たしかそれはHALに仕組まれた機密指令によるものだったと記憶しています。でも小説版では完璧な思考能力ゆえに自身の矛盾に苦悩する描写が見て取れます。ちょっと同情したくなりました。

そして悠久の時間の中、人類の訪れを待ち続けていたモノリス。彼(?)の気持ちまで小説版には描かれています。何を思って月の中で眠り続けていたのか、一体どんな存在なのか。あまり多くは語られていませんが、数百万年も以前から人類より遥かに優れた存在であった何者かの、その片鱗に触れることができます。

 

映画では語られていない”その先”があった

映画では木星に着いたあと、道の空間に引きずり込まれ幻覚を見ているかのようなシーンに移り変わります。気がつくと地球とよく似た部屋の中に、ポツリと置き去りになっていました。しかしこのクライマックスシーン、小説では見えない力によって導かれ、未知の宇宙を旅するという壮大なストーリーが追加されているのです。読んでいてここが一番感動しました。映画化もしてもらいたかった。代わりに実写化してくれたのが「コンタクト」なんですね。

 

まとめ

この小説のすごいのは、今読んでも宇宙船のディテールや宇宙空間での物理法則の描写がとても本格的な部分です、科学的な知識が乏しいのでどれだけ正しいかはわからないのですが、全てにおいてとても綿密に調べた上で文章にしているのが伝わってきます。

映画では理解やイメージするのが難しかった部分も、小説版ではうまく補佐されています。しかしキューブリック監督はあえてセリフを少なくして答えを観る側に委ねました。原作も解釈の一つでしかないということなんでしょうかね。

とりあえず、また映画も観ます。

スポンサーリンク